RESEARCH

世界規模での人口増加、気候変動、気象災害、および食生活の変化による農業生産や自然環境への悪影響を軽減するため、あらゆる自然環境や食生活の変化に対応できる持続的な生産技術基盤の構築が求められています。そこで本プロジェクトでは、未来型食材の中心となるダイズを対象とし、土壌微生物の機能を最大限に発揮させた土壌を構築すること、さらには土壌の健康を新たなインデックス指標で評価することを目指します。そのために最先端の技術を用いて植物と微生物の相互関係を解析し、有用微生物の取得やそれらのデータベース(土壌微生物叢アトラス)、土壌の生物的・化学的・物理的因子の網羅的情報のアーカイブ化を実施します。また、得られた多階層的ビッグデータを基にしたモデル化・シミュレーションを行い、「環境制御による循環型協生農業プラットフォーム」の構築を目指します。

本プロジェクトでは、土壌微生物叢アトラス、作物、環境制御・測定、社会科学、栽培マネジメントの5つのサブグループにより研究体制を構築し、土壌・植物・環境の3つの要素を正確に把握し、それらの相互作用を理解し、制御することを目指します。また、「循環型協生農業プラットフォーム」を基盤として、土壌の健康管理を行う栽培マネジメントが可能なシステム作りを推進することで、産業展開を見据えた農業イノベーションを図ります。

土壌マイクロバイオームアトラスグループ 01 -1 土壌環境-マイクロバイオーム深層相互関係解析チーム

土壌や根圏、さらには植物組織内には様々な微生物が生息しており、植物の生育や健康状態に大きな影響を与えていると考えられます。本グループでは、シングルセルゲノム解析技術や共焦点顕微ラマン分光法といった最先端技術を用いて、多様な土壌に生息する微生物ゲノム情報の収集・解析を行い、それらをデータベース化した「土壌微生物叢アトラス」の作成を行います(早稲田大学)。
また、独自のセンサーを用いて土壌や植物の状態を知ることによって植物-微生物の相互関係をより詳細に理解し、土壌の健康度・頑健性(ロバストネス)に寄与する因子の解明を試みます(堀場製作所)。
さらに、微生物による自然発酵によって水産廃棄物を肥料化するプロセスを検討することで水産資源残渣を有効に活用し、海から陸までをつなぐ循環型の農業モデルの実証化を図ります(マリンオープンイノベーション機構)。

土壌マイクロバイオームアトラスグループ 01 -2 土壌ミネラル循環システム開発チーム

本グループは、リン・窒素を中心としたダイズ生産に資する元素の循環システム開発を行います。生活圏から排出される汚水、水産廃棄物、農業廃棄物等からリン・窒素を効率的に回収し、農業用微生物資材としてダイズ栽培に再利用することで、資源循環型の食物生産を目指します。微生物資材の高機能化により、農地及び植物へのリン・窒素・その他ミネラル成分の安定供給に加え、植物の耐病性向上を実現します。
微生物資材の開発にあたっては、東京農工大学の保有する微生物カルチャーコレクション、朝日アグリア株式会社の有する微生物資材化技術、太平洋セメント株式会社の開発するリン回収資材を活用します。
微生物資材プロトタイプの開発、微生物資材の改良とモデル農地でのダイズ栽培の検証、特性の異なる農地での微生物資材を用いたダイズ栽培の比較検証等を行い、ダイズ生産性の向上及びダイズ生産における減肥にも貢献します。

02 作物グループ

変動環境に対応した植物開発を担当し、土壌微生物とリン等の有用ミネラルを他のサブプロジェクトと連携しながら研究を進めます。
早稲田大学の微生物解析技術を用いて、リン等の肥料の吸収、土壌病害の制御、環境適応性の強化といった、ダイズの生育に影響を与えている重要な要素に関与する根圏微生物を同定し、その能力を最適化する栽培法および資材の開発を行います。
ダイズ突然変異体を用いて、根圏微生物との相互作用に関わる植物遺伝子を特定し、得られた変異体を活用することにより、連作等の栽培上の課題を回避でき、より付加価値の高いダイズ育種素材の開発を目指します。また、理研の三好研究室、和田研究室と共同で可変環境の人工気象器を用いた変動環境下でのダイズ栽培実験を行うことで、将来起こりうる環境変動に耐えうる作物育種基盤を構築します。

03環境制御・測定グループ

環境は、マクロからミクロのスケールにわたり、農業におけるキー要素であり、特に近年は、そのミクロスケールへの影響の見極め、すなわち、遺伝子の表現型の発生過程、ゲノムの可塑性、光受容体などへの影響についての研究に注目が集まっています。
それらの研究成果は、農業生産の効率化、温暖化や異常気象の影響の回避する上で、重要な情報源となります。環境制御・測定グループは、オミックス情報の取得、遺伝子の発現や、ゲノムの可塑性に関わる環境因子の同定を目指し、その基盤技術となる環境パラメータを精密にかつワイドレンジで制御可能な小型の植物栽培システムの開発を推進します。
また、光技術を駆使して、光合成の活性度、植物の成長状態、植物内部の成分、土壌環境を調査するための計測システムの開発を行います。
環境の制御と測定により、温暖化、異常気象、それらに伴う収穫率の減少、飢饉を想定し、メガフロートや宇宙空間の利用、完全循環型農業基盤の構築など、農業の将来のビジョンを提供することが可能になると考えています。

04社会科学グループ

本プロジェクトで新たに開発する健康土壌に関する技術、大豆製品、および農業生産プラットフォームの社会的実装と普及に向けて、生産者、消費者、および社会全体における潜在的需要を分析・開拓し、実践的な普及戦略について検証・構築します。仮想的な離散選択実験、視線解析、表情解析などを用いて、現時点では存在しない技術や農産物に対する潜在的需要を分析します。
また、普及に向けた生産者と消費者の協生関係を構築するために効果的な情報共有体制の検証や、社会的実装・普及による社会・経済的影響の評価も実施します。
まずは国内の有機栽培農家もしくは有機栽培を始めたい若手・新規就農者をターゲットにした「健康的な土作り」に関連する研究成果の活用に向けた実態調査。
次に、新たな土作り技術の普及を足掛かりに新たな国産有機大豆の栽培技術の開発・普及に向けた市場環境と潜在的需要の検証。そして、新たな国産有機大豆の栽培技術の普及を足掛かりにリントルの普及や海上圃場の実現に向けた社会受容性の調査を実施する予定です。

05栽培マネジメントグループ

本ムーンショット目標にある作物生産と地球環境保全の両立を可能とする完全資源循環型の食料生産システムを実現するためには、反応性窒素による環境負荷を最小限にすると同時に国内自給率100%を実現する革新的な技術が必要です。
そこで、本サブグループでは、農業を取り巻く環境である農業生態系をデジタル化してサイバー空間でエンジニアリングする「農業環境エンジニアリングシステム」を開発し、国内外で事業化および産業化することを目標とします。
本システムでは、収穫時期までの気象予測とその土地の土壌データを入力して、作物の収量や品質さらに環境負荷を自由に選択でき、その実現に最適な栽培管理法を出力させることで、作付けの意思決定をサポートすることができます。
本システムにより、それぞれの土地で安定した収量・品質の作物をオーダーメイド生産することを可能とし、高収益化とともに完全資源循環を実現します。